低温調理での殺菌について ― 低温調理の「ハ」
加熱の効果
料理において、加熱は切っても切れない大切な工程です。
加熱には大きく2つの役割があります。
食品の味や栄養の向上
一つ目は、食品の味や栄養を向上させることです。肉を焼いたり、米を炊いたりすることで味がよくなり、消化吸収もしやすくなります。
殺菌
そしてもう一つが、殺菌して食中毒を防ぐことです。
低温調理は自己責任とか、危ないとか言われているのは、殺菌が不十分になることがあり、場合によっては細菌を培養してしまうことがあるからです。
殺菌
殺菌とは、その名の通り菌を殺すことです。
ただし、すべての菌を殺すという意味ではありません。家庭の調理環境では、完全に無菌にするような殺菌は、不可能というより無意味です。
食器や食卓を始めとした、いたるところに菌は存在しますし、そもそも、人間それほどヤワではありません。
ある程度の菌を口にしたところで、強力な胃酸や、免疫により無害化されます。
人間の抵抗力を超える量や質の菌を摂取してしまった場合に、食中毒になります。
お年寄りや子どもは、この抵抗力が弱いので、食中毒にかかりやすかったりします。
要は無菌である必要はありません。存在する菌が十分に少なければ発症しません。
ちなみに、すべての菌を殺すという意味では「滅菌」という言葉を使います。
加熱すると殺菌できる
食中毒の原因となる細菌は生物ですから、その生命活動はタンパク質や酵素によってなりたっています。
タンパク質は加熱してしまえば変性し、本来の役割がを果たさなくなります。
結果、細菌は死滅します。
低温調理でも低温とはいえ加熱しているので、殺菌できていそうな気がします。
低温調理では殺菌できない?
前回の記事で触れたことをを思い出してみましょう。
そもそも低温調理で温度を管理しているのは、変性してほしいタンパク質だけ変性する状態を作り上げるためでした。
つまり低温では、変性しない・しにくいタンパク質が存在します。
そのため、通常の(火を使った)加熱よりも殺菌力が弱く、食中毒のリスクが高い調理方法と言われています。
ですが、実は低い温度でも時間をかけることでタンパク質は変性させることができます。
低温での殺菌
丈夫なタンパク質であるコラーゲンでも、55℃という低い温度から変性が始まります。
低い温度でも、長時間加熱することでコラーゲンを変性させられるというのは前回解説しました。
通常の殺菌は高い温度で一気に殺菌するものです。対してそれより低い温度帯では、時間をかける事で殺菌が可能です。
この殺菌方法を低温殺菌(パスチャライゼーション)といいます。
低温殺菌とその時間
殺菌に使う加熱時間は、厳密にはD値やZ値と言うもので計算します。
この値は、菌の種類によって違い、まとまっている資料も限られますので、家庭での運用は非実用的です。(おそらく商業的にも)
なので、ここでは厚生労働省が出している食品衛生法関連の「食品、添加物等の規格基準」というものを見てみます。
www.mhlw.go.jp
他にも参考になるものはたくさんあるのですが、シンプルなのでこれを紹介します。
規格基準を読み解く
この規格基準と言うのは、「食品を作るときは、こういう基準で調理してね」というガイドラインみたいなものです。
食品別に基準が分類されていますが、今回は肉なので「食肉製品」のうち、「特定加熱食肉製品」の項目を参照します。
おそらくこれが低温調理した肉に適した分類です。読み進めていくと、下記のような記述があります。
…
製品は、肉塊のままで、その中心部を次の表の第1欄に掲げる温度の区分に応じ、同表の第2欄に掲げる時間加熱し、又はこれと同等以上の効力を有する方法により殺菌しなければならない。
…
第1欄 第2欄 55° 97分 56° 64分 57° 43分 58° 28分 59° 19分 60° 12分 61° 9分 62° 6分 63° 瞬時
具体的な加熱時間は?
先の表の時間加熱すれば、安心できそうです。
ただし、「その中心部を」という記述がありますので、この表をそのまま鵜呑みにしてはいけません。
この表に乗っているのは、中心部を指定の温度に保つ時間ですので、その温度に到達するまでの時間は含まれていません。
肉は通常冷蔵保存しますので、低温調理開始時の温度は5℃~10℃程度です。
そのため加熱時間は、この肉塊の中心温度が目的の温度に到達する時間(A)と、殺菌のために維持する時間(B)の足し算になります。
(B)の時間は先程の表から取るとして、問題は(A)です。
(A)の時間は、
- 肉のサイズ
- 肉の初期温度
- 湯温
に依存します。これが曲者で、低温調理のハードルを上げていると考えています。
だってどうやって計算しろっていうのさ!!肉の熱伝導率なんて知らん!(実際はできるけど)
ではどうするか
とりあえず、長い時間加熱してみましょう。
夜寝てから朝起きるくらいの時間加熱しておけば、問題ないでしょう。
…というのも芸が無いですし、毎回の調理で一晩かかるのも馬鹿らしいです。
もう少し食材や病原菌と向き合うと、もっと上手な低温料理ができます。
長くなったので、今回はここまで。
次回は、加熱時間との付き合い方について解説したいと思います。